世界で最も有名なスポーツブランドといえば「ナイキ」ではないでしょうか。
売上は数あるスポーツブランド中でもトップで、その領域は同カテゴリーに留まらず、ファッションにも大きな影響力を持っています。
そんなナイキがどのようにしてトップに上り詰めたか気になりませんか?
世界を舞台にした大胆なナイキのマーケティングを紹介します。
意外なアシックスとの関係
ナイキはアメリカのオレゴン州に本社を構えますが、発祥のきっかけは意外にも日本のスポーツメーカー「アシックス」と深い関わりがあります。
創業者フィル・ナイトは、大学時代に陸上競技の選手として活躍していました。
1963年に日本に旅行した際、「オニツカタイガー」というシューズを見かけ、その技術力と価格に衝撃を受けました。
そしてすぐに再来日、その製造元である鬼塚商会を訪ね、アメリカでの販売代理店として契約を結びました。
この鬼塚商会こそがのちのアシックスです。
その後、アメリカでオニツカのシューズを売るナイトでしたが、次第に「自分のシューズを作りたい」という思いが強くなり、ついには契約を破棄。「ナイキ」を設立しました。
実は商品の販売を巡って、訴訟まで起きるほどの喧嘩別れだったようです。
創業初期から目的達成に対する執着心は強かったようですね。
罰金を逆手に取ったCM
執着心ですが、このエピソードもそれをよく表しています。
大学時代から頭角を現していたマイケル・ジョーダンに、プロ入りの際年間50万ドル(約5000万円)の5年契約を締結。
この価格は当時破格ともいえる待遇でした。そして伝説のシューズ、「エア・ジョーダン」が誕生しました。
このエア・ジョーダン1を履いて試合に出場するジョーダンでしたが、NBAから「ユニフォームの色にそぐわない(白が少ない)」と禁止を言い渡されます。
しかし、転んでもただでは起きないのがナイキ。なんとこの禁止されたシューズをジョーダンに着用させ、罰金を肩代わり。逆にプロモーションに使います。
「NBAはジョーダンにシューズの着用を禁止したが、君たちが履くことは禁止できない」
当時のCMで流れたコピーです。
普通では思いもつかないアイデアですよね。
思いついても真似するのはリスキーすぎるような気もします。
世界記録への挑戦
そんな大胆なアイデアは今にも受け継がれています。
2017年には「Breaking2」というプロジェクトが話題になりました。
これはマラソンの世界記録が2時間2分57秒(当時)だったことを受け、「人類は2時間を切ることができるのか」ということを命題に実施されました。
つまり、マラソンはどのような好記録であろうと環境や相手選手、コンディションなど外的要因や運に左右されます。
このプロジェクトではそれを可能な限り排除し、挑戦を行います。
3人の優秀なチャレンジャー、コースはフラットなサーキット、最先端の科学を駆使したコンディショニング、そしてもちろんチャレンジャーの足元はナイキのシューズ「ズームヴェイパーフライエリート」。
結果としてはエリウド・キプチョゲが2時間0分25秒でゴールし、2時間切りは果たせずとも世界記録を大きく更新するタイムを出しました。
このプロジェクトは世界ライブ配信、話題を呼んだこのシューズのレプリカモデルも日本で販売。店頭では売り切れが続出する大ヒット商品になりました。
ナイキが世界一であり続ける理由
それは挑戦を辞めないことでしょう。オニツカとの決別もエア・ジョーダンのCMもマラソン世界記録への挑戦も成功したことで大きな利益を獲得することができました。
しかし、その成功の裏には多大なリスクがあったことは間違いありません。
大企業であることに胡坐をかくことはなく、他社にはできないようなチャレンジで成長し続ける姿こそナイキのアイデンティティーと言えるのではないでしょうか。
(oa)