黒人が席巻している陸上短距離界。
しかし今、日本陸上短距離界は過去に例を見ないハイレベルな選手が揃っており、2020年東京オリンピックでは男子4×100mリレーなどと一緒に男子100mでも日本人初のファイナリストやメダリストの輩出が期待されています。
激戦必至の男子100m、いったい誰が日本代表の座を射止めるのでしょうか。
2020年東京オリンピック男子100mの日本代表になる最低条件
陸上競技の場合、各種目3名程度の派遣選手枠があります。
また通常、自国開催の場合は開催国枠があるのですが、東京オリンピックでは設定されていません。
100mや幅跳びなどの陸上のトラック、フィールド種目と呼ばれる、陸上競技場内で行われる種目については、2020年6月25から6月28日の間で行われる「日本陸上選手権」で3位以内に入り、「参加標準記録」を突破することが最低条件になります。
男子100m日本代表候補は?
混戦必至の3名の代表枠ですが、現在注目されている5名の選手についてみていきたいと思います。
日本人初の9秒台、桐生祥秀(日本生命)
2017年9月9日の全日本学生陸上選手権大会、通称日本インカレで9.98を記録し、20年近く破られていなかった伊藤浩二選手の持つ日本記録10.00を更新し、日本人初の9秒台を記録しました。
9秒台は日本短距離界の悲願であり、達成した瞬間にはニュース速報や号外がでるほど世間を賑わせました。
記録的には桐生選手が最もオリンピックに近いのではないでしょうか。
生い立ち
桐生祥秀(きりゅう よしひで)
1995年12月15日生まれ、滋賀県彦根市出身。
彦根市立南中学校時代から陸上を始め、3年時には中学生の全国大会、全日本中学体育大会の男子200mに出場し2位になりました。
その後、スポーツの名門、京都の洛南高校に進学。
高校3年時には、日本歴代2位となる10.01をマークし、日本中を驚かせました。
当時の日本記録は、1998年に伊藤浩司選手がマークした10.00で、当時この記録に0.1に迫る記録を高校3年生が出したことはものすごい快挙であり、世間は日本人初の9秒台を期待しました。
しかし、ここから桐生選手は怪我などもあり伸び悩みます。
高校を卒業した桐生選手は、東洋大学に進学し東海大学出身の土江コーチと二人三脚で9秒台を目指すことになります。
そして、2017年9月9日全日本陸上インカレで日本人初の9秒台を記録しました。
2018年からは、日本生命所属となり、オリンピックのファイナリストやアジア人初の男子100mのメダル獲得を目指してトレーニングしています。
桐生選手の走りの魅力
桐生選手の走りの魅力ですが、なんと言っても吸盤のように地面に吸い付いているかのような、上下動のないフォームと、50mから60mの中間疾走のスピードの速さにあります。
まずフォームについてですが、地面に吸い付いているような上下動のない走りというのは、推進力を全て前方方向に加えられている証拠であり、走りにロスのない大変魅力的なフォームです。
そして、中間疾走での最大加速度についてですが、実際に日本人選手の中で1番速いことがデータで証明されています。
これは、スタートなどを除いた単純な速さ、いわゆる馬力というものが、日本人選手の中で1番あり、中間疾走の速度だけを見れば、世界の上位に食い込むことができるスピードを持っています。
「記録」と「勝負」は少し異なる
「記録」と「勝負」、この2つは少し異なる性質を持っています。
「記録」は自分自信の体調、得意なレース展開、相性の良い競技場など様々な好条件が揃って出ることが多いです。
「勝負」は、いかなる悪条件でも人より速く走るという、いわゆる「勝負強さ」というものです。
これは走る技術はもちろんのこと、食べ物や寝る場所などが普段の生活状況と変わっても、自己ベストに近いタイムを出せる身体の強さも求められます。
桐生選手は「記録」の面においては日本人選手最速ですが、「勝負」という面では少し弱点が見られます。
高校時代に10.01という当時日本歴代2位の記録をたたき出し、当時から世間の注目を集める存在でしたが、10.00や9.98を記録したレースを見ると一人抜け出したレース展開の時に好記録が生まれています。
しかし、日本選手権などのライバルのタイムが拮抗し接戦した競るレース展開では、勝負に勝とうと力んでしまい、無駄な力が身体にはいり持ち味の中間疾走の最大加速を活かすことができず、失速してしまうレース展開になっていました。
接戦になった時にいかに力まず自分の走りができるかが、カギとなってくるでしょう。
抜群の安定感と勝負強さをもつ山縣良太(SEIKO)
山縣選手の魅力はなんといっても抜群の安定感です。
慶應義塾大学在籍時から、ロンドンオリンピックに出場し、準決勝進出。
2018年のアジア大会でも、10.00の自己ベストタイ記録で銀メダル。
ちなみに、金メダリストは中国の添選手でアジア人初の9秒台で世界陸上、オリンピックファイナリストでした。
強い選手が隣のレーンにいても、無駄のない省エネ走法を持続できる技術の高さと国際大会などの自分自身が狙った試合で結果を出せる選手で日本代表の大本命といえます。
生い立ち
山縣良太(やまがた りょうた)
広島県出身で1992年6月10日生まれの26歳。
小学校5年生から本格的に陸上を始め、中学時代には中学生の全国大会、全日本中学体育大会に出場。
高校時代には、男子100m少年Bで全国優勝を果たし、慶応義塾大学に進学。
大学時代には世界陸上やオリンピックに出場し、現在はセイコーホールディングスに所属し、オリンピックや世界陸上を目指し競技を続けています。
山縣選手のフォームの特徴
山縣選手の走りの特徴は、ロスのない綺麗な理想のフォームと足の回転の速さにあります。
山縣選手のフォームは力強さというよりもスマートさを感じるフォームで、他の外国人選手などがガソリンをいっぱい使い走るアメ車であるとするなら、山縣選手の走りは効率の良いロスのない走りでスーっと力を使わず走るプリウスのような走り方です。
この走りは、上下半身が上手く連動する身体の柔らかさと足の回転を支える強靭なハムストリングから生み出されています。
ブレない強さ
山縣選手の魅力はなんと言っても国際大会での「勝負強さ」です。
ロンドン五輪、リオデジャネイロ五輪と2大会連続で準決勝に進出しています。
特に予選でのタイムが、10.07、10.05と10秒0台で走ることができています。
そして、2018年のジャカルタで行われた男子100mでは自己ベストタイで日本歴代2位タイの記録、10.00をマークし銀メダルを獲得しました。
ちなみに、トップの選手は中国の蘇選手で9秒台ゴールしています。
この記録の何が凄いのか。
これは他の日本人選手の記録の大半は日本国内の高速トラックで出された記録で、国際大会などの接戦した勝負の場ではタイムが0.4秒程度遅くなることが多いです。
しかし、山縣選手の場合は国際大会などの接戦するレース展開でも、力むことなく最後まで自分の走りをすることができているので安定したレースができています。
山縣選手の最大の魅力は、勝負強さにあり、2020年の東京オリンピックでも安定して10秒0台のタイムを出せば、決勝に進出することも十分可能です。
また、決勝でも9秒台で走ることができればメダル獲得も見えてきます。
200m世界陸上ファイナリスト、サニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)
ガーナ人の父と日本人の母を持つ、サニブラウン選手。
圧巻だったのは、当時高校生で出場した世界陸上男子200m。
日本人最年少で決勝進出し、ファイナリストとなりました。
荒削りながらダイナミックなフォームでユースオリンンピック200mでの金メダルなど世界大会で結果をだしている選手です。
生い立ち
サニブラウン・アブデル・ハキーム
1999年3月6日生まれの19歳。
ガーナ人の父と日本人の母をもつ、サニブラウン選手は小学校4年生で陸上を始めました。
中学・高校は東京の城西大学付属城西中学・高校に進学。
そこで、シドニーオリンピックに出場経験のある部活の顧問、山村貴彦先生に出会いました。
山村先生の指導のもと高校時代は、ジュニアの国際大会である世界ユースで100m、200mで金メダルを獲得。
卒業後は、アメリカのフロリダ大学に進学し競技を続けています。
一昨年の日本選手権では、小雨が降る中、10.04で優勝しています。
しかしながら課題もあり、特に100mのスタートでは足を速く回そうという焦りから、世界陸上ではスタートで躓き、ファイナル進出を逃しました。
去年からはアメリカの名門フロリダ大に進学し、怪我が多い自身の弱点克服のため世界のトップ選手と練習しウエイトトレーニングでの体作りなどに取り組んでいます。
サニブラウン選手の走りの魅力
サニブラウン選手の走りの魅力は、なんと言っても188cmの長身から生み出される大きなストライドです。
また、中学・高校時代の顧問である山崎先生の指導方に特徴があります。
それはあくまで、中学、高校時代は成長段階であり、シニアになってから活躍できることが大事だというものでした。
高校時代はウエイトトレーニングを行わず、フォームもまったく修正していません。
しかし、持ち前のポテンシャルで高校時代は世界ユース大会100m、200m金メダルを獲得しました。
さらに高校卒業後、サニブラウン選手はオランダ陸上競技連盟の協力によりオランダのアムステルダムに陸上留学します。
これは、アメリカの大学は9月入学で、フロリダ大学が所属しているUCLA(全米体育協会)の規定により入学前に大学関係者からの指導を受けることができないためです。
現在オランダ陸上競技連盟は、海外から多くのコーチや選手を受け入れています。
そこで出会った、一流の選手やコーチと練習することで、技術改善や効率的なウエイトトレーニングをすることができました。
その結果、世界陸上ロンドン大会での活躍につながりました。
現在はフロリダ大学に進学し、優秀なコーチ陣が技術指導を行っています。
よって今後はより一層の、洗練されたフォームへの修正や、効率的なウエイトトレーニングによる身体による記録の向上が見込まれるでしょう。
以上のことから、サニブラウン選手の特徴はとてつもない伸びしろとダイナミックなフォームと言えるでしょう。
サニブラウン選手はまだまだ成長過程です。
サニブラウン選手はインタビュー等で最終的には100mの世界記録を樹立したいと話しています。
ゆっくり確実にプロセスの過程をふんでいくことで十分実現は可能だと思います。
2020年の東京オリンピックも期待しています。
追い風参考記録での9秒台、多田修平(住友電工)
多田修平選手は、関西学院大学在籍時に追い風参考記録(陸上競技は風の影響強いので追い風が2.1m以上吹くと参考記録となる。)で9秒台を記録した選手です。
この時の記録は、追い風参考記録であり惜しくも公認記録とはなりませんでしたがその実力は十分で今や日本を代表するスプリンターです。
生い立ち
多田修平(ただ しゅうへい)
1996年6月24日大阪市東大阪市出身の23歳。
中学から陸上を始め、高校は野球部が有名なスポーツの名門、大阪桐蔭高校へ進学。
全国高校総体では、100mで6位に入賞しています。
卒業後、強関西学院大学へ進学しました。
大学3年次には、追い風参考記録ながら9秒94と国内で日本人初の9秒台を記録し一躍その名は有名になりました。
そしてこの年に行われたリオデジャネイロ五輪では、100mと4×100mリレーに出場し、リレーでは日本チームの銀メダルに大きく貢献しました。
卒業後は、地元企業である住友電工に就職し、競技を続けています。
多田選手はそのベビーフェイスなルックスから女性人気も高く、リオデジャイネイロ五輪の年のバレンタインデーには人気プロ野球選手並みのチョコレートが関西学院大学陸上部に届けられたそうです。
性格はとても穏やかで人に気配りができ、トップ選手に上り詰めた今でも決しておごることなく常に人の意見に耳を傾け、練習に励んでいるそうです。
この性格は競技にも活かされており、スタートダッシュを得意としていた多田選手ですが中間疾走が課題となれば多くの指導者に意見を求めスタートを抑え気味にし、中間疾走で余力を残すように改善しました。
簡単に改善したように思われがちですが、自分自身の特徴を一旦考え直し、弱点を改善することはなかなか難しいものです。
トップ選手ともなればある程度理論を持ち自分の特徴を過信しがちですが、多田選手の謙虚な性格や優しさは陸上競技者としても尊敬するものがあります。
多田修平選手の走りの魅力
多田選手の魅力は何と言ってもスタートダッシュと足の回転の速さです。
特にスタートダッシュは世界基準であり、小田記念陸上競技会で一緒に走ったリオデジャネイロ男子100mで金メダルを獲得したアメリカのジャスティンガトリンも試合後、多田選手のスタートを絶賛していました。
またもう一つの魅力の足の回転の速さですが、多田選手は地面からの反発をダイレクトに推進力に結び付けることのできるピンポン玉のような足の回転が特徴です。
176cmと小柄な体格で、大柄選手の歩幅を補うような回転率の高さは他の選手と圧倒的な差はあります。
甘いマスクと端正なルックスのように、走りもスマートでムダのない走りで非常にクールです。
しかし、多田選手の弱点も上記の二つにあります。
まず魅力あるスタートなのですが、スタートに重きをおいてしまうと後半に力が温存できず失速するレースがなんどかありました。
そして強烈な推進力を産み出してる足の回転率の高さも後半失速の原因となっています。
しかしながら、アメリア遠征などでその課題を指摘され改善に取り組んだことから現在は課題の後半60m以降の失速も改善されつつあります。
今年からは、実業団の名門の住友電工に就職し、ウエイトトレーニングなどに着手しているので、いかに後半への走りへつなげるかが勝負のカギとなってくるでしょう。
謙虚な姿勢と、尽きない探求心が今後彼をますます成長させることでしょう。
多田選手は東京オリンピックでの活躍が期待されるスプリンターであり、まだ23歳という年齢から改善いかなければならない課題がたくさんあると思います。
しかし、着実に課題を克服していくことで大輪の花を咲かすことでしょう。
今後の活躍に注目していきたいと思います。
ダイナミックな走りが魅力のケンブリッチ飛鳥
ジャマイカ人の父と日本人の母を持つケンブリッジ飛鳥選手は、甘いマスクに端正な顔立ちで女性にも大人気の選手です。
2年前のテキサスオープンで追い風参考ながら9秒台を出しました。
180cmの長身とウエイトトレーニングで身に着けた鋼の肉体で、2年前の日本選手権で優勝しています。
抜群の勝負強さがあるので、大会のダークホースになるかもしれません。
生い立ち
ケンブリッチ飛鳥(ケンブリッジ あすか アントニオ)
東京都出身1993年生まれの26歳、ジャマイカ人の父と日本人の母を持つハーフで、180cm76kgとモデルのような顔立ちとスタイルから街中で何度か芸能関係者にスカウトされたほどのイケメンです。
中学時代から陸上を始め、全国中学校陸上競技大会に出場しています。
高校は陸上の名門東京高校に進学し、日本ジュニア選手権の男子100mで全国優勝を果たします。
大学はこれまた陸上の名門、日本大学へ進学。
大学時代は怪我もあり、なかなか思うような記録が残せず苦戦しますが、大学4年時には織田記念陸上競技大会で現日本記録保持者の桐生祥秀選手に競り勝ち優勝します。
そして、大学卒業後にはアンダーアーマーの正規日本代理店である株式会社ドームへ就職。
2016年リオデジャネイロオリンピック4×100mリレーでは日本代表アンカーとして銀メダル獲得に貢献しました。
その翌年プロ転向を表明し会社を退社します。
現在はNIKEとパートナーシップ契約を結び競技を続けています。
ケンブリッジ飛鳥選手の走りの特徴
ケンブリッジ飛鳥選手の走りの特徴としてダイナミックなフォームした走りにあります。
例えて言うのであれば、黒人選手のように体をフル活用した走りです。
他者と比べてみると、桐生選手や山縣選手などとは異なります。
山縣選手や桐生選手などは、なるべくエネルギーを使わずに体の上下動を抑えながら、地面との接地時間をより短く反発をダイレクトに走りに結びつける効率の良い走りをしています。
一方ケンブリッジ選手の場合は、足と地面との接地時間が上記2選手よりも長く、足を前に蹴りだす推進力がより強い走りをしています。
では、なぜこのような走りをケンブリッジ選手はしているのか。
それは、ケンブリッジ選手の骨格が大きく影響しています。
ケンブリッジ選手の父方がジャマイカ人ということもあり、通常の日本人選手よりも骨盤が前に出ています。
よって、足と地面の接地時間が長くても、地面からのパワーを前方方向の推進力へムダなく変換することができます。
ケンブリッジ選手の走り方は他の日本人選手とは異なる特徴があります。
どちらが、より速く走れるかということを論ずると、ケンブリッジ選手は四輪駆動のアメ車であるのに対し、桐生選手や山縣選手は、ハイブッリッド車ということになります。
出せる速度は両者とも同じですが、ハイブリッド車よりも予選、準決勝、決勝と走らなければならない五輪や世界陸上などではケンブリッジ選手の走り方の方が安定した記録を出せると考えれます。
実勢にはケンブリッジ選手は、まだ個人種目での五輪や世界陸上などの大舞台の経験がありませんので、今後どうのように成長するのか楽しみな選手です。
さて、混戦必須の日本選手権100mは、果たして優勝するのは誰なのか?
日本代表3名が誰になるのか注目です。
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